セイアハウス

セイアハウス


目次


「やあ、いらっしゃい」

 

「ようこそ、私の夢の中へ。この紅茶はサービスだから、まずは飲んで落ち着いて欲しい」

 

「うん、『また』なんだ。済まない。仏の顔もっていうしね、謝って許してもらおうとも思っていない」

 

「でもここに来た時、君は、きっと言葉では言い表せない『ときめき』みたいなものを感じてくれたと思う。殺伐としたキヴォトスで、そういう気持ちを忘れないで欲しい」

 

「そう思って、私は君たちを招いているんだ。紅茶のおかわりも、ロールケーキだってある。じゃあ、注文を聞こうか」

 

 

 

百合園セイアにとって、夢の中とはもう一つの現実そのものであった。

肉体の有無という違いがあるがゆえに、夢と現実の違いが分からないということはなかったものの、夢というものは多くの物をセイアに与えてくれた。

確実とまではいかぬものの、予知夢として未来の情報をセイアは知ることができた。

小さなものではテストの問題や他人の秘密、大きなものでは災害の発生についても、セイアにとっては既知の情報でしかなかった。

人生というゲームで、攻略本があるようなものだ。

未知ではないことに多少の不満はあれど、最悪にならないように行動することで、概ねそれらを有効活用してセイアは生きてきた。

だからこそ、避けれぬ事態というものには諦めが早かった。

 

「ああ、今日も甘くておいしいね」

 

「そうですね、やはり砂糖というものはお菓子の中で重要なものです。最近はカロリーオフなどで砂糖を控える動きもあるようですが、手当たり次第に減らしてよいものではありません」

 

「そうだね☆ でもナギちゃん、これは元々カロリーゼロだから気にすることないんじゃない?」

 

「そうだとも、砂漠の砂糖はカロリーゼロだ。病弱で運動不足の私でも気軽に手が出せるというのは素晴らしいものだろう」

 

「その通りですね、セイアさん。同じテーブルでティーパーティーを開くことができたのはいつ以来でしょうか?」

 

「前は私がセイアちゃんを襲撃する前だったもんね。あの時はごめんね、セイアちゃん」

 

「昔の話だ。謝罪してくれたのなら、これ以上蒸し返すようなことはするべきではないと思っているよ」

 

「そうだね☆ 過去の事なんかより未来を見ようよ。私今度はマカロンが食べたい!」

 

「では次のティーパーティーにはマカロンを用意しましょう。それに合う茶葉も見繕わなくてはいけませんね」

 

あははは、うふふふ、と過去の衝突を乗り越えて、衒いもなく会話が繰り広げられる。

ティーパーティーという重責から解き放たれ、昔のように仲の良い友達として過ごす。

とても幸せで、甘い夢の世界だ。

 

「……おや?」

 

「どうかされましたか、セイアさん?」

 

「お客人のようだ。また迷い込んだようだね」

 

「まあ、では歓迎の準備をしなくてはいけませんね」

 

「悪い子だったらバーン、って私がお仕置きしてあげるよ☆」

 

「大丈夫だよ」

 

セイアがそう告げると、ミカとナギサの姿が掻き消える。

まるで初めから何もなかったかのように、煙のように姿を消した。

そんな彼女たちを入れ替わるように、一人の少女が姿を現す。

 

「こ、ここは……私はどうしてこんなところに……?」

 

「やあ、いらっしゃい」

 

「あ、君は……?」

 

声を掛けたセイアによって、はじめてセイアがすぐそばにいたことに少女が気付く。

一歩後ずさり、左手で銃を構えて警戒する少女に、両手を上げて何もしないとアピールする。

 

「ようこそ、私の夢の中へ。そう警戒しないでくれ、この紅茶はサービスだから、まずは飲んで落ち着いて欲しい」

 

セイアが手をかざすと、何もなかったテーブルに一杯の紅茶が現れる。

湯気を立てて今まさに入れたばかりという状況に、少女は困惑の色を隠せない。

 

「ゆ、夢?」

 

「そうとも、夢だ。ここは夢の中。現実では私も君も寝ているはずさ」

 

「私は、君を知らない」

 

「奇遇だね、私も君を知らない。君が言いたいことは分かるとも。『なぜ知らない人間が夢の中に出てきているのか』だろう? 答えは単純、ここは私の夢の中だからだ。明晰夢という言葉を知っているかな? 自身が夢の中と理解した上で見る夢だ。そうするとね、ある程度自分の思い通りに夢の中で過ごすことができる。だから紅茶を用意することなど造作もないのだよ」

 

「そういうこと……分かった」

 

「理解が早くて助かる。その制服、百鬼夜行のものだね。名前を聞こうか」

 

「ナグサ……御陵ナグサだよ」

 

「そうか、私は百合園セイア。ぜひセイアと呼んで欲しい。その右腕は怪我かい?」

 

「これは……」

 

「よかったら夢の中だけでも治してあげようか。それくらいはサービスするとも」

 

セイアが告げると、ナグサは右腕を抱えるようにして身を縮める。

 

「いい、これは、私の罪の証だから」

 

「なるほど、深くは聞かないよ」

 

セイアはナグサの右腕から視線をそらした。

ホッと小さくナグサが息を漏らす。

 

「ここが君の夢の中なら、まだ、私がここにいる理由を聞いていない」

 

「ああ、そうだったね。私は君を歓迎するために招いたのだよ」

 

「私を、なぜ?」

 

「迷っていたのだろう? 自分がどうすればいいか、どうしたいのかわからず、誰を頼ればいいのかさえも見当がつかない。夢の中でさえ魘されるほどに」

 

「それは……」

 

その通りであった。

まるで心を見通すかのように告げるセイアに、隠していたテストの点数が親にばれたかのような居心地の悪さをナグサは覚えた。

 

「迷い人に道を指し示す、というのは少し傲慢になるか。私は夢の中くらい、肩の荷を下ろしても良いんじゃないかと忠告したかったのだよ。夢というものは思考の整理として行われるものだ。誰も聞いていない井戸の底へと暴言を吐いたところで、誰に責められようか」

 

「そう、かな?」

 

「ここに来た時、君は、きっと言葉では言い表せない『ときめき』みたいなものを感じてくれたと思う。何か変わるのではないか、と期待したのだ。殺伐としたキヴォトスで、そういう気持ちを忘れないで欲しい。そう思って、私は君たちを招いているんだ」

 

セイアの言葉を聞いて、ナグサはストンと腰を下ろした。

恐る恐る伸ばされた左手が、ティーカップに触れる。

純粋に歓迎の気持ちで出されたものを飲まないのは失礼と判断したのだろう。

 

「うん、じゃあ……いただきます」

 

そういってナグサは紅茶を一口口に含んで目を見開き、セイアは楽しそうに目を細めた。

 

「おいしい! 紅茶って、こんなおいしかったっけ?」

 

戸惑いながらもカップを傾けて、さらにごくりと紅茶を飲む。

すぐに飲み干してしまったことに、ナグサの眉が下がる。

 

「あ、なくなってしまった……」

 

「紅茶のおかわりも、ロールケーキだってある。食べたいものがあるなら言うといい。夢の中だから無限に出せる。なぁに、カロリーはゼロだ、気にする必要はない。じゃあ、注文を聞こうか」

 

「うん、じゃあ、お茶のおかわりと、ロールケーキを一つ」

 

「承ったよ」

 

お茶を一口、ケーキを一切れ口に運ぶたびに、ナグサは笑顔になっていった。

眉間のしわは薄れ、追加で出されたものによって幸せな一時を過ごしていく。

砂糖がたっぷり含まれた食べ物を摂取し、ナグサは幸福な夢の中でまどろんでいった。

 

「おやすみ、良い夢を」

 

そう告げたセイアの言葉で、ナグサの姿は段々と輪郭を失い、消えていった。

深い眠りに落ち、やがて夢から覚める時間が来る。

その時、彼女の世界は一変することだろう。

砂漠の砂糖については伝えていたから、起きたら自分で摂取を始めるはずだ。

 

「また夢に迷う人を導かなければな」

 

百合園セイアという少女が砂糖を摂取したとき、彼女の体は病弱で、あまり多くの砂糖を受け入れることができなかった。

砂糖を摂取したいのに体が受け付けず、無理に摂取すれば死が見えていた。

それが見えていても、砂糖の魔力からは逃げることができず、セイアは死の淵を歩きながら砂糖を摂取した。

結果として神秘は暴走し、夢と現実の堺が崩れてしまい、今ではこうして延々と続く夢の世界の住人となっている。

外の世界で体は眠っているはずだが、未だ生命活動を維持しているかは、セイア自身にもわからない。

 

「ああ、今日も砂糖は美味しいね」

 

だが彼女はそれでも幸せだった。

夢の世界ならば肉体の限界を気にすることなく砂糖を楽しめる。

ホストとして振る舞い、客人を招いて砂糖を宣伝し、幸せを広げているのだ。

 

「やあ、いらっしゃい」

 

「ようこそ、私の夢の中へ。この紅茶はサービスだから、まずは飲んで落ち着いて欲しい」

 

「うん、『また』なんだ。済まない。仏の顔もっていうしね、謝って許してもらおうとも思っていない」

 

「でもここに来た時、君は、きっと言葉では言い表せない『ときめき』みたいなものを感じてくれたと思う。殺伐としたキヴォトスで、そういう気持ちを忘れないで欲しい」

 

「そう思って、私は君たちを招いているんだ。紅茶のおかわりも、ロールケーキだってある。じゃあ、注文を聞こうか」

 

 

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